チャグチャグ馬コはめぐる季節の象徴

農事暦のハレの日

岩手県は遠く奈良時代から馬産地として有名でした。平安時代中期頃成立した『類聚三代格』には、弘仁6年(西暦815年)3月20日、時の中納言右近衛大将巨勢野足の奏上文として「軍団の用は馬より先なるはなし。面して権貴の使、富豪の民、互に相往来して搜求絶ゆるなし。遂に則ち煩を市民に託し夷?(大和朝廷の制圧圏外の人々のことで、ここでは東北の蝦夷を指す)を攻略するというように解釈されています。

このように、はじめは軍馬として、やがて農耕馬や物資運搬の駄賃付けとして人々と深いつながりを持つようになりますが、人馬が同一家屋に住む南部曲り家でも知られるように、何といっても農業との縁がもっとも深く、チャグチャグ馬コの祭は、農民による馬体安全祈願の蒼前詣が起源といわれています。

「蒼前」とは、諸説ありますが、俗に遠い昔、東北地方に住んでいた病馬の治療や農耕技術の巧みな馬匹育成者の名前といわれており、鬼越の蒼前神社には農業の神・馬の守り神として男子騎馬像の蒼前様が祀られています。

蒼前神社の縁日は旧暦の端午の節句になっています。ちょうどこの時期は当時、水田の代かきの最盛期に当り、田打ちに続く代かきの重労働で馬がへとへとに疲れるころであり、馬を連れて蒼前神社で無病息災を祈るとともに、人馬そろって「さなぶり」を楽しむ風習が生まれました。さなぶりは早上(さのぼり)のことで、早(さ)は稲のことですから田植えがすんだ祝いを意味し、やがて農作業の骨休みをかねた祝宴全般を指すようになりました。

今でこそ、新暦の6月15日(平成13年から6月の第2土曜日)、初夏を彩る風物詩として親しまれているチャグチャグ馬コですが、このように、もともとは農民の祭典であり、山肌に残雪が描く模様(雪形)によって田植えや種まき時期を決めたことと同じように、いわばクロップ・カレンダー(農事暦)の中のハレの日、四季のめぐりの象徴ともいうべき祭りなのです。

馬コの鈴の音が「日本の音風景100選」に

蒼前詣が浸透して近郊からたくさんの馬が集まるようになり、中には馬具などに趣向を凝らす飼い主も出てきました。やがて寛政の頃には南部家から譲り受けた「小荷駄装束」(小荷駄とは参勤交代で江戸へ上がる大名が行列の後尾に従えていった輸送馬隊のこと。装束は軍人駄馬具だった)を着けて参加する馬も現れ、大流行しました。これが現在のチャグチャグ馬コ装束の原型といわれています。

その後、蒼前詣での帰りに盛岡の八幡宮へ詣でるようになったのが昭和5年から。26年にはチャグチャグ馬コ保存会が結成され、さらに39年にはチャグチャグ馬コ振興協賛会が発足するなどして、伝統行事として保存されるとともに観光業時事として全国的に知られるようになり、53年には国から「記録作成等の措置を構ずべき無形の民俗文化財」に選定されました。

さて、「チャグチャグ」の語源ですが、これは装束につけられた鈴の音の擬音です。さらに首にはドーナツ型の鳴り輪が下げられますが、これはオオカミよけの名残であり、広い場所であれば4キロメートル四方に鳴り響くといわれています。駆けで馬を追うと「チャグチャグローンローン」と得もいわれぬ音色の冴えを聞かせてくれるそうですが、この鈴の音が平成8年、環境省の「残したい”日本の音風景100選”」に選ばれるという栄誉に浴しました。


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